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2011年5月 9日 (月)

「前橋市昭和町の都市伝説」とでも記すべきか?(一部[震災復興])

<おことわり>

昨日行われたJ2リーグ草津vs岡山

については明日公開予定とします。

その理由も明日触れます。

 

<今日の本文>

今週、東日本大震災から2ヶ月が経過する。

ゴールデンウィークはボランティア希望者が

殺到して受け入れ不可能とか、高速道路の渋滞に

より現地での活動時間が短くなってしまったなどの

出来事があったようですが、均等性と継続性という

観点を忘れてはいけないと個人的に思っています。

 

さて、震災直後の慈善試合誘致記事から始まり

2011年のエイプリルフール記事や、

パン屋の後継は元大学学長の記事で、

前橋市昭和町にある前橋地方気象台では

新潟県の2震災(中越・中越沖)および

東日本大震災の何れでも最大震度4だった件

に触れたり、念頭においた記事だったのだが、

 

実は、前橋地方気象台における地震の

観測記録を気象庁公式サイトで調べたところ

震度5以上の地震を観測したのは… 

 

 

何と、何と、記録の残っている

1926年から85年間の間、

僅かに1回しか起きて居ない

それも、震度5(当時は

強弱の区別無し)が

1932年9月21日に

発生したっきりで、その後

79年もの間、震度5すら

発生していないと言う。

 

↓その証拠(作成元の入り口ページ

Maebashishindokensaku

 

これこそ「都市伝説」

と言うのではないか?

そして、群馬の都市戦略に

活かすべきではないのか?

 

<ここで、注記>

J’sゴールでザスパ草津のレポートを記す

伊藤氏などが東日本大震災の震度について

「前橋市は震度5強」と表現していたのは

前橋地方気象台での観測値ではなく、

地方公共団体または防災科学技術研究所の

観測点での観測値であり、東日本大震災の場合、

前橋市富士見町の旧・富士見村役場で震度5強を

観測したため、その表現を用いていることとなります。

 

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